声優マインド講座

原稿と同化するとカタカナが記号になる── 緊張すると起こるもう一つの不思議現象

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本番前。

原稿は何度も確認した。

流れも覚えている。

内容も理解している。

練習もした。

準備もした。

ところが突然、カタカナが読めなくなることがある。

「アニバーサリー」

と書いてある。

もちろん知っている言葉だ。

何度も読んでいる。

しかし、その瞬間だけは違う。

読めない。

というより、見たことのない記号に見える。

……。

なんやこれ。

そんな現象が起きることがある。

緊張すると頭が真っ白になる人

緊張すると、頭が真っ白になる人がいる。

文字は見えている。

しかし意味が入ってこない。

内容が頭に入らない。

これは比較的よく知られている緊張反応だ。

原稿と自分の距離が離れてしまう状態と言ってもいい。

見えているのに届かない。

そんな感覚である。

緊張すると近づきすぎる人

ところが逆のタイプもいる。

原稿を読み込む。

内容を理解する。

頭の中で何度も再生する。

本番前まで繰り返し確認する。

すると今度は、原稿と自分の距離が近づきすぎる。

離れすぎて見えない人がいる一方で、近づきすぎて見えなくなる人もいるのである。

ゲシュタルト崩壊のような現象

同じ文字を見続けると、突然意味がわからなくなることがある。

これをゲシュタルト崩壊と呼ぶ。

カタカナは特に起きやすい。

形が独特だからだ。

意味として認識していたはずの言葉が、急に図形の集まりに見えてくる。

アニバーサリー。

アニバーサリー。

アニバーサリー。

……。

なんの記号やこれ。

そんなことが本当に起きる。

知らないから読めないわけではない

ここで面白いのは、知らない言葉ではないことだ。

むしろ知っている。

何度も読んでいる。

理解している。

だからこそ起きる。

知らないから読めないのではない。

近づきすぎて輪郭が消えているのである。

絵でも同じことが起きる

絵を遠くから見れば全体が見える。

しかし鼻先二センチまで近づくと、何が描かれているのかわからなくなる。

原稿も同じだ。

適度な距離が必要なのである。

近づけば理解できるわけではない。

近づきすぎると見えなくなることもある。

本番が始まると治ることも多い

不思議なことに、この現象は本番が始まると消えることが多い。

司会が始まる。

セリフを話す。

読み始める。

すると、さっきまで読めなかった言葉が普通に読める。

体が仕事モードに入るからだろう。

本番前だけ起きる、不思議な現象である。

原稿と同化しない

緊張すると、人は原稿にしがみつきたくなる。

もう一度読もう。

もう一度確認しよう。

もう一度覚えよう。

その気持ちはよくわかる。

しかし、それが行き過ぎると原稿と同化してしまう。

原稿の中へ入り込みすぎる。

すると視野が狭くなる。

文字しか見えなくなる。

そして文字が図形になる。

なんとも皮肉な話である。

地球と同化する

そんな時は、原稿と同化するのをやめてみる。

代わりに地球と同化する。

足の裏を感じる。

床を感じる。

重力を感じる。

自分が今ここに立っていることを思い出す。

原稿一枚の世界から抜け出すのである。

地球は広い。

原稿より、はるかに広い。

部屋中の空気と同化する

地球と同化するのが難しければ、部屋中の空気と同化してみるのもいい。

会場全体を見る。

空気を感じる。

音を感じる。

人の気配を感じる。

自分の意識を少し広げる。

緊張すると人は狭くなる。

だから少し広げる。

それだけで見え方が変わることがある。

まとめ

本番前、突然カタカナが読めなくなることがある。

それは能力不足とは限らない。

むしろ読み込みすぎた人に起きることもある。

原稿と自分の距離が近づきすぎた結果かもしれない。

そんな時は、原稿から少し離れてみよう。

地球を感じよう。

空気を感じよう。

原稿より広い世界を思い出そう。

そうすると、さっきまで記号だったカタカナが、ちゃんと言葉に戻ってくるかもしれない。