「声優になりたいから、講座を受けてます」
「もっと上手くなりたいから、勉強してます」
そう答える人はたくさんいます。
でもね。
私、講師として何年も教えてきて、ずっと思ってきたんです。
なんか、みんなしんどそうやな。
そして、やってるのに、変われてない気がする。
それって、本人の努力不足やないかもしれん。
実は、“講座”という仕組みそのものに、落とし穴があるんちゃうか?
──そんな問いから、この文章は始まります。
1. なぜ、講座を受けても変われないのか?
まずは、現場で感じてきた「講座あるある」を並べてみます。
- マナーや常識にがんじがらめ
- なんとなく受けさせられているだけ
- 講座が終われば、すぐ元どおり
- 「正しいやり方」を守るあまり、声が不自由になる
- 感情よりも正解探し
- みんな同じような声になる
- 自分で考えられなくなる
- 講師に嫌われたくないから、イエスマンになる
- 真面目すぎて、表現が面白くなくなる
- 心から「楽しい」と思えない
こういう人たちを見ていると、まじめに頑張っているのに、どんどん自分を見失っていくように見えるんです。
それってつまり、
「学び方」自体が、声を殺しているのかもしれません。
2. “業界の常識”をひっくり返してみた
あるとき、思いきってやってみました。
「業界の常識って何やろう?」と洗い出して、あえて逆のことを考える。
──つまり、「非常識な講座のカタチ」をつくろうとしたんです。
その結果、見えてきたものがありました。
「型より核」
「正解より共鳴」
「方法より動機」
この視点で向き合い始めると、生徒たちは少しずつ“自分の声”を取り戻していったんです。
3. はみ出していい、講座をつくる
私が目指しているのは、「上手い声優を育てること」ではありません。
「その人自身の声を、取り戻すこと」。
それができたら、表現は自然に育っていきます。
だから、講座ではこんなことを大切にしています。
- 決まった正解はない。むしろ、正解からはみ出してほしい。
- まず、自分の声を録って、聞いて、感じる。
- 人と比べない。けれど、人からは学ぶ。
- 「好き」という感覚を最優先にする。
- できないところにも、意味があると捉える。
受け身で学ぶのではなく、
「声」と一緒に生きる自分を、自分で選び取るための時間にしてほしいんです。
まとめ
「ちゃんとやらなきゃ」と思うほど、しんどくなる。
「正しいこと」を目指すほど、声が細くなる。
でも、思い出してほしい。
あなたが声を出したいと思ったのは、
誰かの正解をなぞるためやった?
ちゃうはずや。
あなた自身の物語を、誰かに届けたかったから。
悔しくて、嬉しくて、叫びたくて、
それを“声”にしたかったからや。
だから私は、
“常識”ではなく、“あなた”と向き合える講座を続けたい。
この声は、あなただけのもの。
正しいことより、大切なことがある。
──それでもなお、問いは残る。
本当に、そのやり方でええんか。