声優になりたいとは思わない方が良い理由
「声優になりたい」──その気持ちは純粋で、キラキラしていて、素晴らしいもののはず。けれど私はあえて、こう言いたいんです。
声優になりたいとは、思わない方がいい。
この言葉には、あなたの中の“本当の声”と出会うための、大切なヒントが隠れています。
「なりたい」と願うとき、人は「なっていない自分」を見つめている
「なりたい」という言葉の奥には、「今の自分はなれていない」「まだ足りていない」という感覚が潜んでいます。
そしてその“足りなさ”を埋めようと、焦ったり、苦しんだり、比べたり、遠くを見すぎてしまったりする。
そうして気がつけば、声を出すこと、表現することが、義務や手段のようになってしまう。楽しいはずの表現が、「うまくならなきゃ」「受からなきゃ」「認められなきゃ」に変わってしまう。
声優になれたら幸せ?──その幻想を手放してみる
「声優になれたら、きっとしあわせだろうな」
そう思う気持ちも、よくわかります。でも、現実の声優はどうでしょう?
どれだけ名の知れた声優でも、不安や迷いを抱えています。スケジュールは過密で、競争も激しくて、演じたい役が来るとも限らない。
「なれたら幸せ」ではなく、「今、どうあるか」がすべて。
幸せとは、なにかになろうとしない心に宿る
これは、ある精神指導者の言葉です:
幸せとは心が素朴で、何かになろうとしない人を言うのです。
このような精神の持ち主は測り知れない理解力を持つことができるのです。
なぜなら、その精神には何の障碍も恐怖もなく、またある目的に向かって進むということがないからです。
それゆえこの精神は、恩寵、神、真理とも呼ぶべきものを迎え入れることができるのです。
これは、まさに表現者の本質ではないでしょうか。
目指すのではなく、あるがままに存在すること。
そこに在る声が、聞く人の心に、静かに、深く、響くのです。
あなたはもう、表現者だった
小さいころ、好きなキャラクターの声を真似して遊んでた。
大好きなセリフを何度も口にして、感情を込めた。
あなたは、すでに表現者として生きてきた。
なにか特別な肩書きや、認定や、合格なんていらない。
ただ、声を出す。想いを込める。そこに命が宿る。
その事実を、ほんの少しでも“うっすら気づいて”いれば、それでいいんです。
声優にならなくても、あなたはもう表現者。
「声優にならなければ、意味がない」
そう思っていた時期もあるかもしれません。でも、それは違う。
ここで誤解してほしくないのは、「夢をあきらめよう」と言いたいわけではないということ。
「なりたい」を手放すというのは、「ならなくていい」と諦めることではないんです。
執着を手放して、ただ“今の声”に向き合い直す。
そのとき、あなたの声はしなやかに、自然に、“なっていく”道を歩みはじめるのです。
声優にならなくても、あなたは表現者です。
でも、声優になりたいという気持ちが、あなたの魂から湧いたものなら──
その声を、丁寧に育てていけばいい。
焦らず、慌てず、自分の声とともに歩けばいい。
渇望感が足を引っ張ることもある
「声優になりたい」──その強い気持ちは、誰しも一度は感じる“渇望”なのだと思います。
自分の人生を、自分の声で切り拓きたい。そんな当たり前で、まっすぐな願い。
でも、渇望感や飢餓感が強すぎるとき、人は焦り、不安に飲み込まれてしまいます。
幸せを求めているはずなのに、心はどんどん遠ざかっていく。そして「うまくいかない」と決めつけて、早々に投げ出してしまう。
こういう人、実はとても多いんです。特に、大きな夢を追いかけている人ほど。
声優は、薬剤師や弁護士のように「資格さえ取れば仕事がある」という職業ではありません。
確実なプランも保証された道もない。不安定で、結果が出るまでの道のりも長い。だからこそ、焦りや恐れが生まれやすい。
夢ばかり食べていては、心が空腹になる。
だからこそ「外郎売」のセリフをひとつ、声に出してみる。それだけでも、あなたは夢に一歩近づく。
声優という仕事は、いざ現場に立てば、ただの「普通の仕事」です。
一つの作品をしくじったら、次はないかもしれない。その重圧の中で声を出す。
朝、目が覚めるたびに、私はベッドの上で小さく声を出してみます。
「今日も、声が出るか?」と。出たら、ホッとする。
そんな毎日の積み重ねの中に、声優という生き方があるんです。
だからこそ、淡々と準備し続ける力がいる。
そして、それを続けていけるだけの“動機”が必要なんです。